手数王についてのメモ~お通夜での展示品

このページは手数王こと、プロドラマーの菅沼孝三さんのお通夜での展示品についてのメモです。当日の会場で「写真を撮ってSNSにアップしてください。」とご家族からアナウンスがあったのでTwitterへ投稿したのですが、時間が経つと他の記事に紛れてよくわからなくなってしまうのでまとめました。気持ちが落ち着かないまま勢いで書いてしまったので、補足したかったという理由もあります。展示品に添えられていたコメントのパネルの写真はクリックすると大きな写真が表示されます。

目次

会場の様子

準備中の会場から行われたインスタライブ。芳名板の名前はこの後もっと増えていて、載っていない方からも届いて、たくさんの花が飾られていました。人もたくさん訪れて、会場入り待ちの行列が出来て、椅子も撤去されて、「スタンディングのライブが始まるのか?」と思うほどでした。

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ソロアルバムのポスター

ソロアルバム発売時のポスター、一昨年のASKAさんツアーの記念品、エンドース契約しているエナジードリンクのチラシ。ポスター良いな。入手すればよかった。ある時何かの拍子に先生がASKAさんの才能をべた褒めしだし、「この人、私よりASKAさんのこと大好きなのでは!?」と思って pic.twitter.com/lNc5AvmKlg

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

絶句した。私はいちおうチャゲアスファンなんですけどね…。エナジードリンク30本セット買ったけど、まだ10本ぐらい残ってる。見ると思い出してしまうのでしばらく飲めないなぁ。

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

右端のポスターのアルバム発売時。2018/11/07に発売した手数王のアルバム「Drum Paradise」です。

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同アルバムのジャケット撮影の様子。

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ASKAさんツアーの記念品。YouTubeでこのツアーの映像が見られます。がっつりドラムソロもあるんですよ!

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エンドースしていたエナジードリンク。現在も手数王を応援して購入することが出来ます。ご本人も飲んでましたよ!

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宇宙ドラム

最近、ライブで使っていたセット。納品後、レッスン後にバスドラの準備をするところを見せてもらった。中に布入れて、重り入れて…と先生が手を加えると、音が劇的に良くなった。魔法みたいだった。 pic.twitter.com/VKxgiEL6lo

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

宇宙ドラム。手数王の異名を持つ父ですから、メインのドラムセットは普通のセット2台分以上の大きな多点キットを操って活動していました。そんな父が最期に手に入れたのはYAMAHAステージカスタムヒップという、YAMAHAでも一番小さなドラムセット。メグ・メリーさんという大好きな宇宙を描くアーティストの方に依頼してペイントして頂いたこちらのセットは、正真正銘父の最期のギアだ。癌で痩せてしまった身体でも鳴らしきれるように色んな工夫が施されている。身体がどんな状態でもドラムと呼応していけるように。でもきっと、そこに横たわる父そのものが楽器なんだと思う。

宇宙ドラムが最期に使われた、2021/09/01のTRIPLE KINGのライブでのドラムソロ。すぐ真っ暗になっちゃうんだけど。亡くなる二か月前にこんなドラムソロして、Deep Purpleの曲叩いてるんですよ。このバンドはMCで「歳とってテンポ落として演奏するのかっこわるいよね。」なんて言っているので、テンポ落とさずきっちりアンコールまで叩いていました。信じられない…。

ペイントが終わって、手数王のもとへ戻ってきた時の宇宙ドラム。ドラム本体の値段よりペイント代のほうが高かったとライブのMCで言っていました。付属品を使って組み立てただけの状態で、まだライブで使える状態になっていないです。

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展示されていたスネア。YAMAHAから還暦祝いに贈られた赤いスネア。神保彰さんへ贈られたものとお揃いかと思いきや、形状が違いますね。各個人用に作ってくれるんだ! さすが世界のYAMAHAだ。

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お父さんの時計

高校の時計科に入学したけど、一学期の途中で退学してプロドラマーに。これは在学中に作ったゼンマイ式時計。作るの早くない!?ドラムがなかったら神時計職人が誕生していたかも? pic.twitter.com/HHDtMjzNUv

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

お父さんの時計。父が進学した大阪の高校には、日本に一校しかない「時計科」という科があったそうです。今ではもうないその科に進学した父が高校で学びながらひとつだけ作り上げたのがこの時計です。経済的理由もあって高校を一学期で中退してプロドラマーの道を選んだ父。大阪から横浜へ引っ越してもずっとずっと側で秒針を鳴らしていたこの時計。数年前にゼンマイが壊れて押し入れにしまわれていたのですが、自宅療養に入った父が急に「あの時計はワシが高校に行った唯一の証や。直してまた一緒に過ごしたい。」と、わたしたちにお願いしてくれた。「余命宣告されてる父の願いや想いはどんなものでもなるべく叶えたい。それは早くしなきゃ!」と、姉がかなり昔のボンボン古時計を直せる、なかなかいない修理業者さんを探しに探して優しい職人さんと出逢い、丁寧に磨かれて無事完全復活して父の元へ帰ってきました。あの有名な童謡のように、亡くなる時も家族と共に側で見守りました。死亡時刻を決めたのもこの時計でした。あの有名な童謡のように、100年休まずにチクタクチクタク。ねじ巻きは残されたわたしたち家族に任せてね。お父さんと一緒にこれからも時を刻んでいくから。

手数王が通ったと思われる学校について記載されているWebサイトです。すごい環境で学んでいたようなので、本当に神時計職人が誕生したかもしれない。

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ビリケン

スマイリーさんへ発注していたビリケンディジュリドゥ。私も同時期にディジュリドゥをカスタムしていて「スマイリーさんのやつに負けない!」と思っていたけどコレは負けた。どういう発送なの!? 斬新過ぎ! pic.twitter.com/4F2loPtIzF

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

ビリケン。この金色のビリケンさん、父の生前最期の買い物です。みなさんご存知の大阪の守り神。その大きな足の裏をさすりながらお願いすると、どんな願いも叶うんだとか。しかもこのビリケンちゃん、父の大好きなディジュリドゥアーティストSMILYさんの作品で、なんと、吹けるんです!(笑) 父の愛したオーストラリアの民族楽器、ディジュリドゥになっていて、吹けば倍音豊かなサウンドを響かせるらしい。父が吹くことは叶わなかったけど、最期に父はこの大きな金色の足の裏をさすって何をお願いしたのだろう。

頭のてっぺんと台座の横に穴が開いていました。頭に口つけて息吹きこんで音を出すんですね。なんでそんな発想出来るの!? 吹くところ見たかったですねぇ…。

本物のビリケンさん。

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金ちゃん

愛魚のアロワナの剥製。90年代あたり、めっちゃ熱帯魚ハマってましたね。繁殖して、専門書に写真提供してたかな。あまり詳しくないけど、ブリーダーの才能もあったのかも。どの業界ヘ行っても神になれそう…。 pic.twitter.com/dQthC6dW34

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

金ちゃん。父の人生の大半は熱帯魚と共にありました。わたしが小学生の頃、おうちの電気代を調べてきてっていう授業があって、母に聞いてその月の電気代の用紙をもらってノートに貼り付けていったんだけど、クラスの皆さまのおうちと我が家の電気代が3倍以上違っていて、「お宅は一体全体どうなっているの?もしかして毎日クリスマスみたいにイルミネーションしてるの?」と、聞かれたくらいの規模で家に大きな水槽が水族館のように何本もあり、魚や海老や貝やイソギンチャク、珊瑚に微生物に海も川も湖も一通りの家で育てられる水の生き物を調べては手に入れて育てているのが父でした。午前中レコーディング、午後リハーサルをみっちりやってから帰ってきた父が夜更けにわたしと魚たちの水替えをする。2本で済んだ仕事を自分で3本立てにして、きっとクタクタだった事でしょう。でもそうやって育てた生き物たちを家族で眺めて癒される日々。父は必ずペアで生き物を買ってきては 赤ちゃんを産ませて育てていました。本当に沢山の赤ちゃんを大人にして巣立たせました。その中で、父の人生で最長を過ごしたアロワナという古代魚、名前は金三、通称金ちゃん。青い色はとても珍しい。この子が現れてから父は他の熱帯魚たちを少しずつ人に譲って、この子だけを大切にするようになった。古代魚は神秘的だ。知能は高く、東大の研究では日本語だと3000単語理解するという。姉の産んだ4人の可愛い赤ちゃんたちを水槽のガラス越しに全員あやして育てていたし、妹が水替えをしていたら甘えて近寄ってきて「撫でて。」と腕に絡んで催促するような、人懐こくておよそ魚とは思えない生き物でした。それと同時に、ワシントン条約に引っかからないという証明書と車一台分のお金がないと手に入らない高級希少種でもありました。金ちゃんは20年も生きてくれて、金ちゃんが亡くなった時、父は一旦熱帯魚との暮らしをやめました。死後は剥製になって父の側にずっといてくれた金ちゃん。今頃水槽の隔たりなんてないところで一緒に泳いだりできてるのかなぁ。

熱帯魚は水温を適温にしないといけないので、冬は温めて、夏は冷やすので電気代がかかるのですが、ミカン箱サイズの水槽で月平均600円ぐらいらしい。電気代が一般家庭の3倍以上って、どんだけ飼ってたの!?

生前の金ちゃん。金ちゃん単体でYouTubeに動画を上げているのです。気に入っていたんですねぇ。

写真を提供したのは「世界のアロワナ飼育ガイド」という書籍です。カメラマンが手数王宅に来て、水槽レイアウト事例として撮影したようです。奥付に名前が載っています。


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ジルジャン

ジルジャンからの還暦祝い。真ん中は鏡なので私を隠してます。偉い人たちのサイン入り。こんなの貰えるのごく一部の人だけらしい。すごい! pic.twitter.com/6UzeXpwR6B

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

還暦祝い品。忙しかったらしく、頂いてだいぶ経ってからのご紹介。

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還暦祝い品の隣に展示されていた、ジルジャンから贈られたオブジェ。名前入り!

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手数王が亡くなった後に贈られた、ジルジャンファミリーからのメッセージ動画。

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ジルジャンとのエンドース契約25周年記念の証書。これは2017年の話なので、29年も契約していた!

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太陽の塔

YAMAHAのポスター、太陽の塔のオブジェ。「ディジュリドゥにしそうだな。」と思ったら、やる気だったらしい。ドラムだけでなく、ディジュリドゥも愛し過ぎでしょ…。 pic.twitter.com/idrT1lhjhi

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021
太陽の塔。享年62歳、父の年代の方、特に関西出身の方は全員忘れられない、焼きついた幼き頃のショッキングな記憶。「大阪万博」。皆の憧れとも言えるこの大きな催し。そのシンボルは岡本太郎さんの傑作。万博公園に鎮座する実物もなのですが、こちらのレプリカは目が光ります。父が大好き過ぎてこの大きさのものをどこからか手に入れて買ってきたのですが、「形状的に…ディジュリドゥ?吹ける?」という目論みがあったようで。改造大好きな父は中を空洞にして、太陽の塔をも改造して吹こうと考えましたが、結構お高いので(笑) 妻である母親に止められて、結局オブジェとして飾ることに。父と母が言うには、誰も動かさないのに向きがしょっちゅう変わるんだそうです。点灯してないのに目も光る事があるんだそう。ほんまかいな?!

2007年のYAMAHA40周年ポスターのご本人による説明。TAMAからYAMAHAへ移ったのが1990年ごろだから、YAMAHAとは30年以上契約していたのか…。長い!

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太陽の塔。目が光ってる?

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クリニックツアーのポスター

ドラムクリニックのアジアツアーのポスター。アジアでも大人気で、会場のキャパを超えて客が入っていたそうな。YouTubeにいくつか動画があるよ。 pic.twitter.com/niUNcC9XkJ

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

手数王によるこのツアーのレポートがリズム&ドラム・マガジン 2002年09月号に掲載されています。その記事の速報版(ツアー途中の深センまで)が当時の手数王サイトに掲載されていて、文章だけアーカイブがあったのでぜひご覧ください。とても過酷なお仕事だったようです…。

写真がないと寂しいので、写真有りの他の海外お仕事レポートもどうぞ。

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ディジュリドゥ

ディジュリドゥ。右端のは、今年の春、既存のディジュに私が蛇を作り足したものです。突然「粘土で蛇作って巻いて!」と言われ、粘土細工や塗装について調べて作りました。ウロコは本物と同じ形に一枚ずつ彫りました。すごいの作って喜ばせて元気になってほしかったのです。 pic.twitter.com/gcc8QOQyX1

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021
ディジュリドゥ。父が生前叩く楽器以外で大好きだったのは吹く楽器だ。インディアンフルート、トランペット、口琴…は叩く楽器に分類されるかも知れないが、最も愛したのはディジュリドゥというオーストラリアの原住民アボリジニたちの人の背ほどもある長い筒のような民族楽器の笛だ。現地の言葉ではイダキと呼ぶ。イダキは精霊の宿る神具であり、精霊の使いであるシロアリがユーカリの木を喰って自然に作った空洞を使って手作業で楽器にする。アボリジニたちが作り、儀式で演奏し、長老がその楽器と演奏の優劣を決める、遥か昔から受け継がれる伝統。反してディジュリドゥは観光用に量産されるプラスチックやあらゆる吹きやすい木材でできた、言うならばただの筒である。父は生前自慢げに「これはイダキや!これはマゴ(特殊儀礼用の短いイダキ)や!」と、わたしたちに見せてはイダキやマゴの音色や精霊との繋がりを日々追い求めていました。父はある時期ずっと「ワシ、ジャルー(現アボリジニ長老で最高権力者)になりたい。」が口癖で、アボリジニ長老の演奏を崇拝し、彼の演奏を完全にコピーして、遥かオーストラリアはアーネムランドまで出向いて長老本人の前でそれを披露!静かに聴き入った長老から「ヨーヨーガマック(現地語で最高という意味)」と褒められたのをグラミー賞取ったくらいの勢いで自慢されましたが、正直凄さがわかりませんでした。(笑) しかしそれに反して父のコレクションの8割は精霊の宿らないただのディジュリドゥでした。 「精霊と交信をして宇宙と繋がりたい。」と常々話していた父ですが、「人を笑わせたい。」実はこちらのほうが大きい人でした。ディジュリドゥの素材やルックスも追求して笑いに変えました。スカイツリーの形のディジュリドゥや蛇の形のディジュリドゥ、あらゆる形に改造してコレクションしてお客さんの前で吹いて驚かせるために、一見吹けるわけないビリケンさんや太陽の塔さえディジュリドゥにしようとしていました。新しいものと古いものの良さをどちらも楽しんでいる父でした。ディジュリドゥの歴史は長く、7万年以上前にはもうあったと言われています。反してドラムという楽器の歴史は浅く、実は200年も経っていない。最も古い楽器が打楽器なのは言うまでもないですが、それを寄せ集めたものをドラムスと呼び始めたのは日本で言う明治時代1894年、日清戦争の頃だという。それから幾年月日が流れ、音楽の歴史と共に進化していったドラム。最近ではすっかり奏法も確率され、ある程度こうだと決められ始めたドラム。それを最も日本で研究し尽くしたのはもしかしたら父ではないだろうか。ドラムに通じるものは何でも取り入れていた父。コレクションするのが大好きだった父。学び極めるのが大好きだった父。とてつもなく膨大な量のドラムとディジュリドゥと民族楽器のコレクション、資料と譜面が敷き詰められた戸棚たちが父の研鑽とコレクション癖を物語っている。しかし父の生きた証の最たるものは、もしかしたら物ではなく、父の音楽、父の演奏ではないだろうか。どのくらい沢山遺したのか見当もつかない。これからわたしが思い悩んだ時、父が生きていたなら相談しただろう時、CDや動画の中で生き続けている無数の父が答えをくれるのだろう。父はしばらく死にそうにもない。

ディジュリドゥというのは楽器です。超ざっくり言うと、ただの筒です。筒の端に口を付けて、息を吐いて唇をブルブル震わせて音を出します。唇や舌、頬などを駆使して音色や音程を変えて表現します。手数王はインストのライブで「ボエボエボエ~。」とよく吹いていました。

ディジュリドゥの本場(オーストラリア)へ行き、ディジュリドゥ界の超凄い人であるジャルーの家へ行って、ジャルーに演奏を聴かせる手数王。

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オーストラリアの山の中でディジュリドゥの材料を採っている手数王。シロアリに中を食べられたユーカリの木。これを作業場へ持って帰って加工します。

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お店でも博物館でもないです!手数王の自宅のディジュリドゥ専用部屋で、手に入れたばかりの蛇ディジュリドゥを吹く手数王。

私がカスタマイズした蛇ディジュリドゥを吹く手数王。今後のカスタマイズの参考資料として、加工前後の吹き比べ動画を撮ってもらいました。本サイト内の制作日誌に手数王とのやり取りがちょっとだけ出てきます。手数王からの指示はほとんどなくて、「お客さんに『手数王のディジュすげぇ!!!』って言わせたいよね!」と思って私が勝手にやりたい放題やって作りました。本物の大蛇を見に行って、GW潰してウロコを彫りました。

私がカスタマイズした蛇ディジュリドゥをライブでお披露目。ディジュリドゥをセットするようなライブの機会がもうあまりなく、これが最初で最後になりました。MCで「うちのドラム教室の生徒に蛇を作ってもらった。」という話をし、お客さんからクスクスと笑いをとっていました。造形作家でもないただの会社員に頼むなんて理解出来ないけど、実際に作れたので、手数王は先見の明があったってことなのかな?

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ベタと月下美人

最近飼い始めたペタ…は持ってこれないのでSATOKOちゃんの絵。これも繁殖済み。やはりブリーダーの才能が!
本人が作った遺作が発表準備中だそうだ。やった! でも遺作ってそういうものだっけ? pic.twitter.com/XACOpWYAVP

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021
ベタと月下美人。余命を宣告されてからも父はしばらく普通の人のように、いや普通の人でもだいぶ困難なペースで働いていた。病気になってからも沢山の事をやり遂げ、わたしたちに遺してくれた。そんな父が最期に着手したのは、ベタという熱帯魚の繁殖と月下美人を咲かせること。ベタはとても美しい魚。色や形が本当に様々で、その美しさを競うショーやコンテストがあり、そこで優勝した個体には2,3年しか生きないにも関わらずかなりの値段がつけられる。最期になるかも知れない父の日、「何が欲しい?」と娘のわたしたちに聞かれて、「なんにもいらないよ。」って言いながらもベタのペアたちをリクエストした。わたしたち3姉妹はそれぞれ、違った色や柄のベタを父にプレゼントした。金ちゃん以来の熱帯魚。長年あらゆる魚を飼育してきた父なので、ほんの1ヶ月で繁殖を成功させて、今我が家には沢山の綺麗なベタがいる。 あれ?もしかして、母が1人になっても淋しくないようにしたんだろうか。月下美人は数年に一度、それも満月の日の夜にしか咲かない花。「死ぬまでに一度咲かせてみたい。」と突然買ってきてわたしたちを驚かせた。宣言通り、亡くなる3ヶ月前に開花を実現させた。父が大阪で仕事をしている日に咲き始めてしまい、息巻いて帰ってきた父を幻想的な白い花が出迎えた。わたしはそこにいることは叶わなかったが、母と姉と妹が言うには、まさに神秘の極み、夢のような香りが立ち込めて、咲いてからしぼむまでまるでひとつの芸術のようだったそうだ。これは多分考えすぎだけど、もしかしたら自分の死後、花の好きな母のところに咲いて現れるつもりだったのかも。もちろん生き物だけじゃなく、父は最期に遺影と遺作も自分できっちり制作してから旅立ちました。父以外に自分で遺作を作った人なんてわたしは見た事がありません。最期に作ったものが遺作になるんじゃないの?(笑) 遺影の写真だって普通、家族が選ぶんじゃないの?(笑) ここにある遺影は父が自らスタジオとカメラマン(霜越春樹さん)を選び、写真とフレームを選び作ったものです。そして遺作ですが、なるべく早く発表できるように今家族で頑張っていますので、どうか楽しみにお待ちください。

「ペタ」ではなくて「ベタ」ですね。書き間違えました。遺作はリズム&ドラム・マガジンで追悼特集する時に紹介してくれるのかな?しかし、意図的に遺作を用意するとは…。死後もみんなを笑かそうとするなんて、笑いに貪欲過ぎ!

娘たちからプレゼントされたベタたち。めっちゃキレイ…。

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大阪から大急ぎで帰って撮影した月下美人の花。写真撮るのうまいなぁ。

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遺影とバスドラのヘッド

入れ墨の絵師に描いてもらった絵。バスドラの前のヘッドなので使う時に穴あけないといけないです。穴開けたくなかったのかしら。
遺影は本人が用意したそうな。どの写真もステキですが、用意し過ぎでは?(^_^) pic.twitter.com/mRe18o5mnw

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

「遺影は一つだけ。」という私の固定観念がぶっ壊されました。過去の思い出の写真をたくさん飾るというのはありそうだけど、遺影用にたくさん撮る人いる!? 良い写真撮れたら全部並べちゃえば良いんだ!

奥に写っているのはYAMAHA従業員からの寄せ書き色紙です。YAMAHAからのだけ許可取って飾ったと思うけど、個人のメッセージは写さないほうが良いかなと思って控えました。手数王の発想は面白いので、いっしょに商品開発した人は楽しかったんじゃないでしょうか。私が作ったアプリを見た後に「こんなソフト作れる?教則本の付録にするの。」というような話をしてきたけど、「はぁ? 何それ!? 特許取れるのでは!?」という内容で驚きました。

バスドラのヘッド。ずっとドラム教室(手数王の自宅内)に飾ってありました。あ、ツーバス用か。ツーバスセットを使う予定が無かったから飾ってあったのか…。

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衣装と等身大パネル

衣装とバンドグッズのタオルカッコいいもの、かわいいもの、面白いもの、いろんなの着こなしてましたねぇ。いったい何着あるんでしょう? 赤の還暦祝いタオルは買ったけど、使いどころがわかりません! pic.twitter.com/qxjpofZ48G

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

パネルは演奏活動休止中に東京のメタルセッションで用意されたものですね。実物見たかったので嬉しい。なぜか等身大より大きいのです。

— 杉本知子 (@sugitomo_d) November 11, 2021

演奏活動休止以降、等身大パネル達は手数王の代役のような感じでライブ会場等に置かれていました。良いもの作ったなぁ。今はドラム教室をやっているスタジオの後ろに置かれています。先生に見られているようで、しかも3体あるので圧が3倍です…。

手術後の最初のライブ。完全復活Tシャツを着ています。2020/06/16にお腹を切る手術をして、予定より10日以上早く退院して、2020/07/19にライブしてたんだけど無茶苦茶だなぁ。

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